甲州市の枯露柿

2009年11月28日 山梨日日新聞 
   母屋を埋め尽くすように掛けられた、「ころ柿のカーテン」。
場所に合わせた長さの妙が、見るも者にリズムを感じさせる。
=甲州市塩山三日市場、竹井達彦さん方
 
    
 
 
    黄から赤へ季節とともに変化
 11月、「ころ柿」の産地として知られる甲州市塩山の松里地区は、一年のうちでもっとも華やいだ景観に包まれる。里に下りた紅葉と抜けるような青空を背にして、主役の存在を主張するようなコントラストをみせる。葉が落ちて収穫の適期を知らせる木の姿、軒先につるされた黄色みが残る若々しい色合いは始まりの印。20日前後、初冬の日差しと風にさらされて柿は徐々に赤みを増す。棚におろされた柿は、丹念に手が加えられ、やがて白い粉を吹くと出荷になる。 気まぐれな天気、予測できぬ収量、農家を悩ます要因は事欠かない。それでも、時に応じてしなやかな対応をとれるのが産地の強み。安定した品質を保ち続けているのは浪卑培った経験と勘があるから。安堵のひとときはクリスマスまでお預けだ。   (写真・文 轟田圭吾)
 
 
 
   
冬の逸品ころ柿
 「松里のころ柿」といえば、全国にもその名が通る山梨を代表する冬の一級ブランドである。年末年始の贈答品として県内はもとより関東から関西まで出荷され、ナチュラルフードへの人気もあって、その豊かな味わいに固定フアンが増えている。生産農家は約400軒。秋には軒先にずらりとつるされた天日干しの風景
が風物詩にもなり=写真=、県内外からたくさんのカメラ愛好家も訪れる。ころ柿は漢字では「枯露柿」と書く。武田信玄の時代、乾柿が奨励され、美濃国から移植されたのが始まりとされている。その後、甲府城を築城じた豊臣秀吉の重臣浅野長政が柿の増産を奨めた。松里は枯露柿としても有名だが、信玄時代には良質な栗の産地としても知られた。 
  The Yamanashi 4
2009年12月16日 山梨日日新聞   ころ柿盗続発 3500個被害
  甲州、山梨出荷直前狙われる 
甲州市塩山地区を中心に、特産のころ柿が盗まれる被害が相次いでいることが15日、分かった。出荷直前のころ柿がほとんどで、日下部署に被害届が出ているだけでも11、12月の2カ月間で4件計約3500個(約50万円相当)。一度に大量に盗まれていることから、同署は複数犯の可能性もあるとみて調べるとともに、農家に注意を呼び掛けている。
 同署とJAフルーツ山梨などによると、15日午前9時ごろ、甲州市塩山三日市場の男性(72)が、自宅から離れた畑で平干ししてあった柿を確認しに行ったところ、出荷直前の1080個が盗まれていることに気が付いた。前日の午後10時半ごろまでは異常がなかったという。柿は軒先でひもでつるして干した後、作業台の上に広げられていた。現場には複数の足跡が残っていた。
 男性は「今年は柿が不作だったため、ただでさえ貴重。もう少しで出荷だったのに悔しい」と肩を落としている。 同市塩山下柚木の男性(64)は12日午前9時ごろ、900個のころ柿が盗まれているのを発見。出荷間際の大きな柿を選んで盗んだような形跡があったという。 このほか、11月上旬から12月にかけて、同市塩山熊野と山梨市南の農家2軒が被害に遭った。
 JAフルーツ山梨担当者は「出荷直前が狙われているので、ころ柿に精通した者が販売目的で盗んだ可能性があり、卑劣な行為。農家には管理を徹底してほしい」と話している。